皆さまは日々、囲碁を楽しんでいらっしゃるでしょうか。もし囲碁愛好家なら、それは素晴らしいことです。というのも、囲碁は人の輪を広げ、一生の楽しみになるだけにとどまらず、脳を活性化し、将来認知症になるのを予防したり、認知症の進行を遅らせたりする効果があることが分かったからです。
今回、弊社の社員Mが東京都健康長寿医療センター研究所の医師で囲碁による認知症予防・進行抑制効果について研究をしている飯塚あいさんに、「囲碁の効用」について詳しくうかがってきました。
第2部:最強の脳トレ、囲碁
医師 飯塚あい さん
東京都健康長寿医療センター研究所所属。囲碁による認知症予防・進行抑制効果について研究をしている。
パンダネット社員 M
インターネット囲碁サロン「パンダネット」の運営や、ペア碁のイベントに関する業務をおこなっている。
( 以下、 飯塚あいさん → 飯塚 / パンダネット社員M → M )
M)1部では囲碁はルールがシンプルで認知症が進行してしまった方でも始められるというお話しをうかがいました。2部では具体的な研究結果についてお聞きしていきたいと思います。実際に高齢者の方が囲碁をするとどんな効果があるのでしょうか。
飯塚)まず申し上げたいのは、碁は認知症予防にも、認知症を発症してしまった後にその進行を緩やかにするにも、効果があるということです。認知機能は残念ながら一生を通じて緩やかに低下していきます。ですが脳には再生力もあって、病気や加齢によって失われてしまった部分があっても、他の場所で新たに神経をつなぎ直すことでその機能を保つこともできるんです。脳を使うことが大切なのは脳に刺激を与えて新たに神経をつなぎ直すため。もし刺激を与えない状態が続くと、認知機能は急降下していってしまいます。
M)たしかに、身近にも怪我などがきっかけで家にこもるようになったら認知症を発症したということを聞きます。
飯塚)認知症を治したり、絶対にならないようにする方法というのは今のところ発見されていません。でも、脳に刺激を与え続けることで発症を遅らせたり、進行を緩やかにすることはできるんです。
M)よく分かりました。そこで囲碁ですが、囲碁は脳のどういった部分を特に活性化することができるのですか?
飯塚)はい。私の研究では注意機能とワーキングメモリーに特に大きな効果が見られました。
M)注意機能、ワーキングメモリーとは具体的にどういうものでしょうか。
飯塚)注意機能は集中力や気づくことができる力です。具体例を挙げると、集中して作業をしたり、段差に気づくことができる、とか、向こうから車がきていることに気づける、とかですね。ワーキングメモリーは必要な情報を頭の中で保ちながら作業する能力のことです。このワーキングメモリーがよく使われる代表的なものとしては会話や料理があげられます。会話なら相手が言ったことに対して適切に反応するため、料理なら用意した食材と段取りを把握し、料理を完成させるためにはこのワーキングメモリーが欠かせません。どちらも日常生活を送る上で非常に大切な機能です。
M)囲碁によってそういった生活に欠かせない機能が向上するのは驚きです。ちなみにどのくらいの効果が見られたのでしょうか。
飯塚)週に1回1時間3~4か月間の教室に参加していただいた方は、教室に参加されなかった方に比べて大幅に機能が上がっていて、統計的に処理した時にその上がり幅は「効果大」と認められました(図1)。正直なところ私は当初そこまでの効果があるとは思っていなくて、「効果中」くらいではないかと予想していたのでたいへん驚きました。*1, 2 また、脳画像検査を行ったところ、教室に参加する前に比べて参加後は前頭葉~大脳基底核と呼ばれる領域の活動性が増加していることがわかりました(図2)。*3 これは、脳への負荷が強く脳が活性化したことを示していると考えられます。
M)はっきりと効果が見て取れるんですね。
飯塚)そのとおりです。
M)囲碁にそれほどの効果があるのはどうしてだと思われますか?
飯塚)私が大きいと考えているのは、序盤、中盤、終盤で異なる認知機能を使うことです。例えば布石が主な序盤では「空間把握」を必要とされますし、石同士がぶつかり合う戦いが多い中盤ではどうしたら石が取れるのかなどを「推論」する必要があります。さらに終盤、終局時にはどちらの地が大きいかを数える「計算」も入ります。いわゆる「脳トレ」では一つの要素だけになってしまいがちで、ここまで総合的に頭を使うプログラムを組むのは難しい。その点、囲碁は自然とこうしたことが各々のレベルに応じて取り入れられます。
M)なるほど。総合的に頭を使うというのは私自身、実際に碁を打つ中で実感しているのでとても納得しました。しかも、1部で先生がおっしゃっていたように、囲碁のルールはシンプルで、9路盤から19路盤までいろいろな碁盤があり、実力差があってもハンデを付けられる。頭を使う難しいゲームだけれど、それぞれのレベルに合わせて楽しめますね。
飯塚)そのとおりです。もう一つ大きいのは上達に終わりがない、という点です。今、認知症予防のためのゲームが盛んに開発されていますが、多くのゲームはクリアして終わりになります。つまり、上達に上限があるんです。終わりがなく、いろいろなレベルで楽しむことができ、脳に異なる種類の刺激を同時に与えられる。そういう意味で囲碁は想像以上に汎用性のある素晴らしいツールなのではないかと思います。
第3部では囲碁を通じた交流の可能性についてうかがいます。
<参考文献>
*1 Iizuka A, Suzuki H, Ogawa S, Kobayashi-Cuya KE, Kobayashi M, Takebayashi T, Fujiwara Y. Pilot Randomized Controlled Trial of the GO Game Intervention on Cognitive Function. Am J Alzheimers Dis Other Demen. 2018;33(3):192-198.
*2 Iizuka A, Suzuki H, Ogawa S, Kobayashi-Cuya KE, Kobayashi M, Inagaki H, Sugiyama M, Awata S, Takebayashi T, Fujiwara Y. Does social interaction influence the effect of cognitive intervention program? A randomized controlled trial using Go game. Int J Geriatr Psychiatry. 2019 Feb;34(2):324-332.
*3 Iizuka A, Ishii K, Wagatsuma K, Ishibashi K, Onishi A, Tanaka M, Suzuki H, Awata S, Fujiwara Y. Neural substrate of a cognitive intervention program using Go game: a positron emission tomography study. Aging Clin Exp Res. 2020;32(11):2349-2355.
◆ 飯塚(いいづか)あい 医師
所属:東京都健康長寿医療センター研究所 社会参加と地域保健研究チーム
学位:医学博士
資格:日本老年医学会認定老年科専門医、老年科指導医、日本内科学会認定内科医
埼玉医科大学医学部医学科を卒業後、慶應義塾大学医学部大学院(衛生学公衆衛生学教室)にて博士(医学)を取得。現在は東京都健康長寿医療センター研究所にて、主にボードゲーム等の知的活動を活用した認知機能低下抑制プログラムの開発と効果評価や、世代間交流プログラムの開発に関する研究を行っている。専門は老年医学、公衆衛生学。